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論評『山家集』

書籍関連 西行関連

 今日2月16日は西行の命日である。本来であれば彼に関して何かしら新しい内容を書くべきではあるのだが、生憎良案がないため以前某所で書いた記事を一部修正した上で流用することに決めた。今の自分では恐らく以下の文章は書けない、ないしは書けるにせよ多大な労力が想定される辺りなかなかに歯痒いのだが、つまらないプライドを振りかざすぐらいなら適宜過去の自分も利用する方がいくらかマシだと思いたい。

 

――――

 

    願はくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃

(訳:どうか、春の、桜の花の咲く下で死にたいものだ。あの釈迦が入滅なさった二月十五日頃に。)

 平安時代末期に著名な歌僧として活躍した、西行(俗名:佐藤義清)が詠んだ代表歌の1つとされる。彼はこの歌を体現するかの如く1190年2月16日に没したとされ、同時代の歌人である藤原俊成・定家父子や、慈円九条良経(こちらは叔父・甥の関係)などがその死を取り上げた。また自らも歌人として名高い後鳥羽上皇からも「西行はおもしろくてしかも心も殊に深く、(中略)生得の歌人と覚ゆ。おぼろけの人まねびなどすべき歌にあらず。不可説の上手なり」(「後鳥羽院御口伝」)とその独自の歌境を高く評価されている。

 

新潮日本古典集成〈新装版〉 山家集

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 そんな西行の歌集として最も有名なのが、この『山家集』だ。上中下巻の構成に1552首(現代語訳・解説付き)とかなりの歌数が収録されており、一昨年の5月に読み始めてから読了するまでには約半年もかかってしまった。だがその分色々と考えさせられる歌も多く、彼の思想や生き様を知る上では最も基本的かつ決して外せない1冊であると断言できよう。

 

 ところで西行の代表歌については、一首に絞られずに有名な何首かが挙げられることが多い。前掲の「願はくは~」はもちろん、本書中にも三夕の1つである

    心なき 身にもあはれは しられけり 鴫たつ沢の 秋の夕暮

(訳:俗世間のことは捨てたはずの世捨て人のわが身にも、しみじみとしたあわれが知られることである。この、鴫が佇立する沢の秋の夕暮は……。)

 や、百人一首に選出された

    嘆けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな

(訳:嘆けといって月はもの思いにふけらせるのだろうか、そうではなく恋ゆえの涙なのに……。月のせいであるかのように恨みがましく流れる涙だなあ。)

 がある。また『山家集』以外では

    年たけて また越ゆべしと 思ひきや 命なりけり さやの中山

(訳:年老いてから、この峠を再び越えることができると思っただろうか、いや思いもしなかった。命があったからなのだなあ。小夜の中山よ。)

    風になびく 富士の煙の 空に消えて ゆくへも知らぬ わが思ひかな

(訳:風になびく富士山の煙が空に消えてゆくえもわからない、そのように、今後の成り行きも知れない私の思いであるなあ。)

 の2首もそうだと言えるだろう。アイコンが西行寺幽々子である自分は、以前は「東方妖々夢で引用されていたから」という非常に短絡的な理由で「願はくは~」を推していた。しかし実際に本書を読んで以降は、自分は別の理由から改めてこの歌を推したいと考えている。その理由について、以下にこの本の主要な特徴を挙げつつ説明していきたい。

 

・実は桜よりも月の歌の方が普通に多い

 西行を、特に前述の幽々子経由で知った方は、西行=桜(あるいは春)というイメージが強いのではなかろうか。かくいう自分も実際に本書を手に取ってみるまではそうだったし、この本の構成上最初に来るのは「春」で真っ先に桜の歌が目に入るせいか、余計にそれが深く印象付けられるかもしれない。しかし四季を纏めた上巻の構成は

  • 春 173首
  • 夏  80首
  • 秋 237首
  • 冬  87首

 の計577首となっており、明らかに「秋」の方が歌数が多いことが分かる。加えて「春」中の桜の歌と「秋」中の月の歌とで比べても、それぞれ103首・113首と単体でも後者の方が多い。更に春にしか咲かない桜とは違い、月は1年中いつでもどこでも見れるのだ。ましてや他の季節でも普通に月の歌を詠んでいるのだから、これで月の歌の方が多くならない道理はないだろう。

 

 また西行にとって、月はただ眺めるだけのものではなく

  • 想い人の投影対象として
  • 仏教的な象徴として

 の2つの意味合いも兼ねていたようである。前者の例には

    おもかげの 忘らるまじき 別れかな 名残りを人の 月にとどめて

(訳:恋しい人はつきぬ名残りを月にとどめて……、その月を見ればあの人のことが思い起こされ、その面影はとても忘られようはずもない後朝の別れであるなあ。)

 を、後者の例は多々あるが

    悟り得し 心の月の あらわれて 鷲の高嶺に すむにぞありける

(訳:悟りの境地を得た真如の月ともいうべき月が霊鷲山に澄んでいるごとく、釈迦は常に霊鷲山にお住みになって不滅であるよ。)

 を挙げておこう。そのため彼は桜とはまた別の複雑な思いを抱きながら、夜の闇に独り澄む月を眺めていたのではないだろうか。とはいえ

    身をわけて 見ぬこずゑなく 尽くさばや よろづの山の 花の盛りを

(訳:自分の身を可能なかぎり分けて、あらゆる山の桜の花盛りを、見落とす梢のないようすべて見尽くしたいものだなあ。)

 という当時としては非常に想像力豊かな歌を詠んでいる辺り、西行の桜に抱く思いは紛れもなく本物であったに違いない。

 

・袖を濡らし過ぎ

 確かに出家してからは基本的には山里暮らしであるし

    世の中を 捨てて捨て得ぬ 心地して 都離れぬ わが身なりけり

(訳:俗世間を捨てて出家しながら、なおすっかり捨てきれない心地がして、やはり都からすっかり離れ去ることのできない自分だなあ。)

 の歌からも、在俗時の未練が大いに残っていたことが分かる。しかしそれを考慮しても、流石に度を越えて袖を濡らし(=涙を流し)過ぎではあるまいか。 例として挙げるにはあまりにも数が多いが、強いて言えば

    いかにせん かげをば袖に 宿せども 心の澄めば 月の曇るを

(訳:涙に濡れた袖に月を宿すけれども、涙に空の月は曇って見え、一方心が澄むと空にはあいにく雲が出てくる……。一体どうしたらよいのだろう。)

    秋風の ふけゆく野辺の 虫の音に はしたなきまで 濡るる袖かな

(訳:秋も夜も深まり、風の吹きゆく野辺の虫の音に、きまり悪いほど袖が涙に濡れることだよ。)

    おぼつかな いかにと人の くれはとり あやむるまでに 濡るる袖かな

(訳:おかしい、どうしたのだと、人が怪しむまでに恋の涙で濡れる袖だなあ。)

 辺りだろうか。ただこれで話を終わらせてはつまらないにも程があるので、以下に個人的な推測を述べていきたい。

 

 西行は本来仏僧であるにもかかわらず、恋歌の数が比較的多い傾向にある。『山家集』中だけでも

  • 中巻 恋       134首
  • 下巻 雑(恋百十首) 110首
  •    雑(百首)    10首

 の計254首で、本書全体でも実に16%強を占める計算となる。更には上記以外にも恋のイメージを匂わせる歌が点在しており、彼にとっての恋は決して軽いものではなかったことが窺えるだろう。この恋の相手は恐らく待賢門院・上西門院辺りではないかと想定されるが、前者は出家前の主君だった鳥羽上皇の中宮で後者はその2人の娘である。一介の武士に過ぎない西行では本来関わりすら持てないはずだが、実は待賢門院は彼が仕えていた徳大寺実能の妹だったため、そこからの繋がりがあったとも推察される。

 

 当時西行には既に妻子がいたのだが、このどちらか(もっとも両者共に彼とは歳が離れているが)に失恋したので出家したという説があるのだ。また待賢門院自身は彼が28歳の時に亡くなっており、前述のように月に彼女の面影を重ねていたのではないかとも考えられる。もしそうだとすれば、月の歌と恋歌で彼が特に袖を濡らしていたのも分からなくはない。ちなみに西行は上記の2人に仕えていた堀河局・兵衛局姉妹や中納言局などの女房らと贈答歌を交わすなど、場合によっては彼女たちともそういう関係にあったのかもしれない。いずれにせよ、妻子を捨てて出家している時点で夫ないしは父親としては失格だろう。

 

・信仰がかなり篤い

 西行歌人としての側面が強いが、同時にまた信仰心の強い仏僧でもあった。そもそもの名前からして、阿弥陀仏のいる西方浄土(つまり「西」の方角)に「行」くというかなりあからさまなものである。彼の歌にもその宗教観念が色濃く反映されており、中巻の「雑」以降には宗教色の強いそれが数多く登場する。こちらに関してもいくつか例を挙げておこう。

    行末の ためにと説かぬ 法ならば なにかわが身に 頼みあらまし

(訳:釈迦が御自身の入滅後の衆生を思って説き置かれた法でなかったならば、どうしてこの法華経がわが身に頼みとなることがあろうか。)

    野に立てる 枝なき木にも おとりけり 後の世知らぬ 人の心は

(訳:後世安楽も思わず、仏の道も思わない人の心は、野に立つ枝のない木にも劣ることだよ。)

    悟りひろき この法をまづ 説きおきて 二つなしとは 言ひきはめける

(訳:悟りの広いこの法をまず説き置いて、法華経に比すべき経は他にないと、釈迦は断言されたことだ。)

 こうして見ると西行がいかにも危なそうな人間に見えるが、あくまでもそれは現代の観点から彼の思想を判断しているためだと思われる。また彼自身は保元の乱平治の乱源平合戦など二度の戦乱の世を経験しており、そのいずれにおいても親しい人物(前者は崇徳上皇、後者は平清盛)を亡くしているのだ。無常観の末に何かしらの神的な存在に縋りたくなっても仕方のない面はあるだろう。

 

 また西行は時には仏僧らしく、貴人にも出離遁世を勧めていたようだ。大納言であった藤原成通からは

    おどろかす 君によりてぞ 長きよの 久しき夢は 覚むべかりける

(訳:来世のことを心にかけて仏道修行をすべく勧めて下さったあなたにより、無明長夜の夢も覚め出家できそうです。)

 との歌を贈られ、返歌として

    おどろかぬ 心なりせば 世の中を 夢とぞ語る 甲斐なからまし

(訳:自分がいくら説いても迷いの覚めない御心でしたら、この世を夢の世と語る甲斐もありますまい=悟って下さり何よりに存じます。)

 と詠んでいる。また右大臣だった源雅定には

    夜もすがら 月をながめて 契り置きし その睦言に 闇は晴れにき

(訳:一晩中明月を眺め、真如の月について語りながら、出家のことを約束したあなたとの話に、心の闇はすっかり晴れてしまいました。)

 との歌に対し

    澄むといひし 心の月し 現れば この世も闇の 晴れざらめやは

(訳:心の闇が晴れ、あの真如の月のように澄みきった悟りの境地になられたならば、無明長夜の闇も晴れないことがありましょうか、きっと晴れましょう。)

 と返している。これらのやり取りから、西行が本来の仏僧としての役割もきっちりと果たしていたことが窺えるだろう。

 

 以上の3つの特徴から、西行が詠んだ歌(ひいては彼自身の興味関心)の大半には

  • 恋または哀傷
  • 信仰

 の4つの要素があることが分かる。そして冒頭で挙げた5首について、これらの要素を当てはめた場合

  • 「願はくは~」 3つ(桜・月・信仰)
  • 「心なき~」 2つ(哀傷・信仰)
  • 「嘆けとて~」 2つ(月・恋)
  • 「年たけて~」 1つ(哀傷)
  • 「風になびく~」 1つ(哀傷)

 という風に「願はくは~」が最も多くなるのだ。またこれも冒頭で述べた話だが、彼自身がこの歌の通りに亡くなった事実も有力な加点要素となるだろう。つまりこの歌は西行の歌によく見られる特徴を広範にカバーし、なおかつ彼自身がそれを見事に体現している点で代表歌の筆頭たり得るのだ。前者だけならそのような歌は他にもあると見なされて説得力が弱くなるか、あるいは後者だけならたまたまそうなったに過ぎないとして評価されない可能性も考えられる。両者が見事に合致したからこそ、読む人に一層感慨深い思いを抱かせるのではなかろうか。

 

 確かに西行の歌を上記の4つだけに落とし込むのは一種の暴論だろうし、それに関しては自分も否定するつもりはない。しかしながら、これらの要素が全体に占める割合が非常に大きいこともまた事実だ。そのため今回のような概略においては、これで十分ではないかと自分には思われる。なお本書の感想については再度読み終えた際に改めて書く予定であり、ここで述べられている内容とはまた違った観点での文章を綴りたいと考えている。

 

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中庸の過超や不足は存在しないのか

書籍関連 考察

 

shirokichi-in-hermitage.hatenablog.com

 

 上に挙げた感想文の最後で、自分は第二巻第六章の「中庸の過超や不足も存在しないのである」という文面に疑義を唱えた。だが闇雲に自分が気になった点を問題視したところで、肝心の中庸が何を意味するのかを知らなければそれこそ話にならないため、まずは本書におけるこの言葉の定義について確認したい。なお自分には中庸の意義そのものを否定するつもりは全くないことをここであらかじめ弁明しておく。

 

 アリストテレスは、同じ第二巻第六章にて「徳は、それゆえ、その実態に即していえば、(中略)『中庸』(メソテース)であるが、しかしその最善性とか『よさ』とかに即していうならば、それはかえって『頂極』(アクロテース)にほかならないのである」と述べている。ここから考えれば、あらゆる徳で中庸を保つにはそのいずれにおいても最善を目指す必要があるだろう。

 

 だがそれは本当に容易なことなのか。話は少し逸れるが、しばらく前に婚活市場では「普通の人」がよく槍玉に挙げられていた。しかし『普通のダンナがなぜ見つからない?』(著・西口敦)において、著者は「普通」が上位50%に位置すると定義した場合、会話・ルックス・身長・学歴・年収等7項目全てでその条件を満たす人はわずか0.8%に過ぎないと説明している。上位50%でさえこの有様なのだから、仮に中庸を上位10%以内と規定した際にどうなるかは言うまでもない。

 

 ただしこの計算方法には2点ほど注意が必要であり、1つには各項目間における相関関係(例えば学歴と年収のそれ)を完全に無視している点がある。もう1つには徳は相対的なものではなくある意味で絶対的なものだという点であり、この場合には必ずしも一定の比率を当てはめて計算すべきではないだろう。それでも依然非現実的な数値が想定される辺り、いかにあらゆる徳で中庸を保つことが困難なのかは十分に推し量られよう。

 

 また周囲から見て勇敢で、快楽を節制し、金銭的に寛厚で、温和で、機知に富むetc……という人間は憧れこそすれ、いざ友人になりたいかと問われれば少なくない人が難色を示すのではあるまいか。更に言えばそんな完璧超人が誰からも嫉妬を買わないとは到底考えられず、下手をすればその完璧さ故に物理的あるいは精神的に孤立する可能性すら多少なりともあるだろう。中庸がある側面において「頂極」であることには何ら疑いの余地はないが、全体として見た場合にも変わらず「頂極」のままだとはにわかには信じ難い(こんな考えを抱く時点で自分はほぼ間違いなく悪しき人だが)。

 

 ところでアリストテレス自身は言及していないが、古代ギリシャにおいてもこの点は認識されていたようだ。節度を重んじる神であるアポロンは、姉妹神のアルテミスにあまり節度を守らない言動ばかりしていると指摘された際に「私は万事に節度を守って控えるようにしている。『節度を守って控えること』それ自体も節度を守って控えるようにしている」と返したとされる。引用元のWikipediaではこの発言を詭弁だとしているが、ルールに固執した結果周囲に疎まれる例などいくらでも存在するので、決して詭弁ではなくある種の機知に含まれ得ると自分は考えている。

 

 以上より中庸の過超や不足は存在するが、不足については単なる全体的な徳の欠如である一方、過超の場合には周囲の状況がその是非を大きく左右するというのが自分の見解だ。もちろん最善はそれがマイナスではなくむしろプラスに働くような正しい環境に身を置くことだが、それが難しい時には前述のアポロンの発言を思い起こしてみるのも一興だろう。

 

感想『ニコマコス倫理学』(上・下)

書籍関連 感想

 

ニコマコス倫理学〈上〉 (岩波文庫)

ニコマコス倫理学〈上〉 (岩波文庫)

 

 

ニコマコス倫理学〈下〉 (岩波文庫 青 604-2)

ニコマコス倫理学〈下〉 (岩波文庫 青 604-2)

 

 

  • 個人的評価

 面白さ:☆☆☆☆☆

 難易度:☆☆☆☆

 有用性:☆☆☆☆

 

 アリストテレスは、いかなる活動も「善」を希求しており、また大きな営みの目的はそれに従属する営みの目的よりも望ましいとする(例えば馬具製作は騎馬に、騎馬やその他全ての軍事は統帥に従属し、統帥は勝利を目的とするという具合に)。この場合人間的な営為の全てを覆う如き目的が「最高善」つまりは「幸福」に他ならず、そしてそれは人間的な卓越性ないしは徳に即しての魂の活動であると定義した。

 

 更にアリストテレスはこの卓越性(徳)を「知性的卓越性(徳)」と「倫理的卓越性(徳)」とに区別し、後者は「中庸」によって保たれると規定する。そこから各種の倫理的徳について述べ、続いて正義と知性的卓越性(徳)の分類に触れたところで上巻は終了する。下巻では抑制・愛・快楽の各論を説明し、最後に『政治学』への橋渡しを行うことで本書は締め括られる。

 

 自分の遅読によるためか、読了までに丸1ヶ月かかってしまった。しかしこれは上下巻という分量の多さに由来する部分が大きく、むしろ哲学書としては比較的平易な部類に入ると思われる(無論難解な箇所もいくつかあるが、全体としての理解を著しく損なうほどではないと自分は考える)。また下巻の解説には、本書の編集に際して不自然に巻ごとの長さを調節したことによる内容理解への弊害も書かれていたが、一定のペースで読み進めていた自分は左程気にならなかった(もちろん個人差はあるだろうが)。

 

 今から2300年も前に書かれたものではあるが、それだけの長い時を耐え抜いてきた故か今日でも示唆に富む点は数多く存在する。個人的には中庸を目指すことの大切さや、各種の徳に加えて正義・愛について書かれた項目は非常に参考になったと感じている。一方でやはり時代錯誤的な認識も随所に見られるが、この辺はあらかじめ割り引いて読めば済む分さしたる問題ではないだろう。

 

 ところで本書を読んでいる際に触発された点として

  • 第二巻第六章にて「中庸の過超や不足も存在しないのである」と書かれているが、本当にそうなのか

 →中庸の過超や不足は存在しないのか - 厭世と閑暇の庵

  • 第八巻第三章にて有用のための愛・快のための愛・善きひとびとの愛が説明されており、それに基づく自己の精神状態の分析

 この2点があり、それぞれに関して記事を書くことを当面の目標としてこの感想文の結びとしたい。

 

当ブログの方針

その他

 このブログでは、基本的に自分が見聞きする諸々によって生じた疑問に、自分なりに思考することで取り組んでいきたいと考えている。その対象範囲としては、自分が持つ書籍類を中心にあらゆる事物が想定され得る。流石に漠然とし過ぎているようにも思うが、下手に対象を絞ったところで後々困るのは他ならぬ自分であるため、ここで予防線を張っておくのも悪くはないだろう。

 

 なお前述の通り、このブログで取り上げられる諸疑問に対しては自分なりに思考することによって向き合うため、内容次第では全くの独りよがりな文章となる場合も十分にあり得るだろう。もちろん客観的な事実を踏まえた上で書くよう最大限努力はするが、それでも主観的な視点に終始する可能性を否定できない面はどうかご容赦頂きたい。何か気になる点があれば、ブックマークコメントにて指摘してもらえれば幸いである(ただし単なる誹謗中傷等は歓迎しかねる)。

 

 ところで自分は必要に応じて書くことが致命的に苦手であり、どうしても書くなら書くで一定のペースを保たなければという一種の強迫観念が存在している。これはしかし単に自分の中で基準を下げればすぐに片が付くようなものではなく、それを行えば今度は逆に筆ならぬキーボードを執るのが億劫になる始末である。この辺りの匙加減を取るのに苦労する未来が自分には容易に想像できるので、当ブログを購読される際は不定期な更新が予想される点をあらかじめご了承願いたい。

 

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